人・物・金・情報その他の経営資源をもっとも効率的に使い,企業として最大の付 加価値を生むことである.ベンチャー企業の場合はすべての経営資源がそろっている わけではないので,目標達成へのプロセスはそれぞれ異なるが,ベンチャー企業も大 企業も最終的な経営目標は同じである.すなわち,
○ 企業価値を高めることである.
その結果,株式公開でのキャピタルゲインの資金運用によって,最終的・長期的にはベンチャー でなくすることである.いわゆるベンチャーを乗り越えた企業については,株価を高め て株主や従業員、地域社会・経済に貢献することである.
たとえば,わかりやすい例でいえばソニー,ホンダ,京セラなどだが,これはあく まで結果論といえる.
経営目標は1つだが,達成手段は千差万別である.両極端の場合を含め,達成手段 の違いの例を,わかりやすく単純化して対比した形で比較すると,以下のようになる.
このくらいの認識での起業が大切である.したがって最悪の場合の落とし所を考慮し た,テイクオフ時の周到な準備が重要になる.また,立ち上げたビジネスは似たような ビジネスによって,すぐ陳腐化する可能性のあることも念頭に置いて,アーリーステー ジを乗りきることが重要である.そのためには,絶えず次から次へと新しいアイディア を出し続けることが必要である.独自技術により,他の追随を許さない分野の場合であ っても,技術革新のスピードはきわめて早いので,つねに代替技術の情報には注意を払 っていることが重要である.
第1章で紹介した経営理念やビジョンのもとに,全社戦略と個別事業のすり合わ せが行われ,ミッションが明確化される.
すなわち,
なお,図中"?"は厳選戦略の領域であるが,詳しくは第6章マーケティングの中で各象限の説明をする.
これは図4.2に示すように4つの区分で位置付けようとするものであり,市場成長率の大小と,相対市場占有率(最大の競争相手に対する相対シェア)の大小で単純化したモデルである.
中小企業などでは業種転換や,第 2 創業的位置付けによる形態でのベンチャー立上 げが比較的やりやすいこともあって,安易な起業が行き詰まるケースも少なくない.競 争力の低下した地元地域経済活性化には,この分野の基本的考え方・スタンス,戦略は きわめて重要である.以下に例をあげながら説明する.
内部環境分析など個々の事業戦略に連動するものであり,製品やサービスなどが顧 客に提供されるまでの内部課程を,優位性構築の観点から分析しようとするものであ る.
ポーターによると購買物流,製造,出荷物流,販売・マーケティグ,サービスなど の主活動と,全般管理,人事・労務管理,技術開発,調達活動などの支援活動を,競 争優位の 3 つの基本戦略の源泉として位置付けている.
経済性の検討の中で低コスト化は,事業推進,事業継続の重要な要素の一つである. 下記のような分類がある.
ソマリア派兵での米兵死傷大失態を教訓に,米国陸軍も大改革に着手したといわれて いる.内容は概略以下のようなものであり、特にベンチャー企業には参考になる部分も 少なくない.
"Chain of Command"の中央集権組織から,一兵卒にまで権限を与える戦 術で,インターネット利用の逆ピラミッド組織への転換を図っている.ハイテク技術を 駆使したリアルタイムの情報共有化で,戦術の大転換を可能にしている.「いわれたこ としかできない兵士は役に立たない.」,「自分で状況判断して行動せよ.」と,様変 わりの軍隊組織である.
これとは別にオーケストラの世界で、さらに興味深い全体統率システムがある.
楽団は指揮者がいて成り立つものであるが,指揮者なしで演奏する楽団が注目され ている.
世界のエクセレントカンパニーから経営トップが訪れて,経営変革の参考にしている という.楽団員がいろいろ意見を述べ合って演奏を作り上げていく過程に,経営と通じ るものを見出しているようである.まさに異業種交流の真髄ここにありといえるもので ある.
知識・知恵の情報管理,およびその共有化・有効活用の経営スタイルをめざすもので あり,本来,日本人がもっとも得意とする進め方である. 1995年以降ころから,わが 国でも「ナレッジマネジメント学会」で活発な議論が行われている.
一人の知識・知恵よりも,多数の知識・知恵を出し合う有効なシステムを構築するこ とが重要である.リアルタイムの情報共有化による経営参加の意識高揚や,お客様の要 求に応えようとする,現場アイディアのボトムアップの活発化にもつながっている.こ れらは元来日本のお家芸である.
ナレッジマネジメントは,各人が持っているビジネス上の知識や知恵を厳選して登録 し,コンピュータ上で社員の誰もがそれを有効活用できるシステムであり,一個人のさ まざまなノウハウが共有化されるメリットは計り知れない.
経営戦略とは,一言でいえば起業価値を高めるための戦略といえる.企業にとって企 業価値を高めることとは,その企業の持つ有形・無形,潜在的なものに至るまで,あら ゆる資産を増やし高めることであり,企業価値は企業が発展し続ける原動力となるもの である.この見える形の一つが株価の数値である.したがって,経営者は株式時価総額 を高めることに尽力することになる.では企業価値を高めるにはどうすればよいか,以 下にみてみよう.
企業情報の開示(ディスクロージャー)が重要である.財務内容に留まらず,株主へ の明解なメッセージが重要であり,さらには社会で経済活動をする以上,社会に向けて の発信,受容も重要である.そのような観点から,ブランド(知名度,、伝統,信用な ど)を磨くことは企業価値を高めることなのである.リストラでただ首を切ることだけ では,一時的な V字回復にしかつながらないことは過去の例が証明している.
ちなみに現社長が就任してから, 2002年 10 月末までにどれだけ時価総額を増やしたかをいくつかの例でみると,製薬,携帯電話,電子機器,自動車,半導体素材などの大手企業は 3 兆円から 1 兆円を越す時価総額を創造している.逆に,不祥事を起こして世間の厳しい批判を浴びた食品メーカーなどは,一気にその価値を下げている.第12章で詳しく説明するリスクマネジメントにつながるものである.
将来有望な特許などの知的財産(第7 章の"知的財産"で詳しく説明)を保有すること は,企業価値を高めることにつながる.従来はどんなに先進的な技術を持つベンチャー 企業でも,金融機関からは不動産などの担保がなければ資金を貸し出すところはなかっ た.また,ベンチャーキャピタルも株式上場を前提に投資をするので,事業資金調達は 起業家にとって最重要課題といえる.知的財産はこの壁を打ち破る第 3 の資金調達の 道であり,企業価値を高めることが融資に有利に働くようになったのである.知的財産 を担保に資金調達するには,その資産価値を金額的に算定する必要がある.一般的には インカム・アプローチ方式(知的財産が生み出す将来の利益を現在の価値に引き直した 金額)を使って,ある設定期間の現金収支を出し,その特許の貢献度割合,その企業の 技術リスクや侵害リスク,資金不足リスクなどの信用リスクを考慮して,すべてのリス クを乗じて評価額を算出するが,これらは専門の監査法人や公認会計士に委ねることに なる.第11章"起業家法務"で詳しく説明する.
ベンチャーや中小企業は大企業のやらないことをやれとか,他社のやらない差別化が 必要といわれるのは言葉の上ではよくわかるが,では実務的にはどのようなことをどの ような方法でやればよいのであろうか?
以下に例をあげてみよう.
コストダウンの要求は厳しいが,大企業の下請けの仕事を引き受けることも一考であ る.いろいろな意味で大企業ではできないから外に出すのであり,これを引き受けるこ とにより,大企業ではできない,やらない仕事の技術的ノウハウが蓄積されることにつ ながる.
たとえ他社と同じようなものを作っていたとしても,納入先(お客様)に対するカス タマーサティスファクション(第 10 章の"顧客満足"で詳しく説明)を上げる工夫を し,これを売りものにすることである.納入方法や物流などの工夫は大きな成果につな がる可能性がある.
当然これらの関係が崩れることはあり,下請け業から提案型売り込み業への変貌を 余儀なくされる場合もありうる.もちろん他の業態へシフトしての下請け,提案型との 混合スタイルもあるだろう.どの方式をとるかは,まさに経営戦略そのものである. 大企業の研究所からの難しい試作を引き受けることで信用を得,口コミで公的研究 機関や,特殊な施設からも声が掛かるようになった有限会社の例は,決して稀なケース ではない.
たとえば,0.数ミリという極薄ステンレス板の溶接なら精度・仕上がりの美しさなど,右に出る者がいないほどのスキルを持っていることと,機械加工や塗装など,他の作業異業種ネットワークを構築していることで,どんな要求にも応えられる体制を作っていることが最大の強みという会社が川崎市にある.大企業の研究所の試作を引き受けることで,高度な製造ノウハウが身につくことと,将来製品化につながった場合の,部品の一部下請け生産受注の可能性もあるということである.
製造技術や生産技術も含めた技術立国で生きていくには,実はこのスキル,腕を磨 くことも重要なことである.高度な技術になるほどその貢献度は大きくなる.製造技術 や生産ラインを海外に移すだけでことがスムースに進まない理由はここにある.技能オ リンピックで日本が優秀な成績を修めることは,この基盤がしっかりしていることを証 明している.物作りの経営における根幹のフィロソフィといえよう.