東芝機械㈱事件( 1987年 3 月下旬)は,米国のみならず,わが国の安全保障政策 や貿易政策にも大きな影響を及ぼしたことで知られている.下記のような内容である.
米国ワシントン・タイムス紙は,「“東芝”がココム( COCOM )に違反して輸出し た工作機械が,ソ連原子力潜水艦のスクリュー加工に使用され,スクリュー音が低下し たことにより探知しにくくなった.」と報道した.
これは自由主義圏の安全保障問題に影響を与える重大な出来事であり,米国上下両院 による東芝制裁法案が 1987/6 下旬に可決された.
連邦議会の一部議員による東芝製品不買運動キャンペーンが開始された.
東芝は初めて事件の発生を知り,あくまで一部上場会社として独立の経営企業体であ ることを主張し,第三者による調査で,東芝は何ら関与していないことを明確化して, 日本国内は納得した.
米国は,連結子会社である東芝機械を東芝の一部門と解釈し,最終的に東芝は 7月1日付で会長,社長が同時辞任に追い込まれた.
東芝は,東芝が参加しない公正な第三者による調査を実施した.依頼先は,米国マ ッジ・ローズ法律事務所と国際会計事務所プライスウォーターハウスであり,その結果,
通産省の指導内容として,法令遵守の宣誓・社内周知を始め,戦略物資の輸出に関す る責任者の明確化・管理本部の設置,代表取締役が最終判断者であること,チェック・ 監査体制,教育訓練体制の整備など, 9 項目にわたっている.
安全保障輸出管理の強化として,以下のような枠組みがある.
なおイラン,イラク,リビア,北朝鮮向け輸出は,規制リスト品についてきわめて 厳格な管理が合意されている.
米国原産製品,技術情報,またはそれらを組み込んだ製品の輸出に関しては,米国 の輸出管理法が適用される.
日本の外為法の考え方は,
原則として公知のもの以外,すべての米国原産製品,および技術情報・ソフトウェア が対象である.具体的には以下の行為である.
一般の輸出管理は商務省管轄であるが,特に安全保障に関わる事項については,たと えば武器は国務省,原子力はNRC(米国原子力委員会),エネルギー省,外国制裁は 財務省が規制している.
さらに製品,技術,ソフトウェアのレベルと仕向国による判定や,ライセンス例外の 規定なども設けて,運用面での迅速化も図っている.
顧客管理については,
用途管理については,
○ 拡散防止管理チェック
があり,核,化学,生物兵器,ミサイルなどをチェックしている.仕向国管理については,○ 禁輸国,国際的テロリズム支援国の他,ロシア、中国などの旧共産圏,旧ココム加盟国,協力国に対するチェック
を行っている.具体的に禁輸国はキューバ,リビア,イラク(旧政権崩壊後は復興支援途上にある),北朝鮮であり,国際的テロリズム支援国はイラン,シリア,スーダンである.ただ“アルカイダ”のテロ活動のように,国を特定できない存在にも目を光らせる必要があり,イデオロギーからグローバル化に対する文化・民族・多様性への戦いへと変貌していることは,自由貿易を標榜する米国にとってジレンマといえるかもしれない.
いかなるビジネスを展開するにせよ,製品,技術,ソフト,情報,資金はグローバ ルに展開される.国内だけの商売に限っても,リスクマネジメントは企業存続の必須条 件といえる.
日本国内に約 600 万社の会社があるが, 99.9% 以上は中小・零細企業である. しかし高い技術レベルで,国内はもとより世界の市場を抑えている中小企業も少なくな い.当然ベンチャー企業も含まれる.世界各国からさまざまなスペックのオファーが入 ってくる.カモフラージュした顧客もいるであろう.対応して製品を出したら,知らな い間に北朝鮮で軍需用に転用されていたということが起こるかもしれない.大企業と違 って人を輸出管理専任に張り付けることはできない.しかしこれが命取りになって,会 社を潰すことにつながりかねないのである.ハイテクベンチャーや技術レベルの高い中 小企業ほどターゲットになりやすい.
このように安全保障の対応から,セクハラ防止やパワハラ(パワーハラスメントの ことで,組織内の何らかの力を利用して,職務の範囲を越えて人権を侵害する言動を繰 り返し与えることによって,受ける側が精神的負担を感じたときに成立する.セクハラ 同様,上司と部下の関係で生じるケースが多い.)防止対応に至るまで,他に国際規約 対応や地球環境保全,差別問題,宗教問題,誘拐対応,資金調達対応など,ありとあら ゆる分野にリスクマネジメントが必要となっている.
国際的な標準化であり、物資やサービスの国際的流通を保証する技術的裏付けであ る.日本にはJIS規格があるように,各国それぞれ規格を有しているが,どの国でも 通用させるには国際規格が必要である.経済のグローバル化は,国際規格をベースにサ ービスや物が行き交う市場となる.
以下に代表的な例をあげる.
欧州連合( EU )で自動車や家電メーカーに対して,製品リサイクルなどの環境対 策を義務付ける「 EU 指令」というものが成立しているが,これは加盟各国の国内法 に優先する規制であり,欧州への輸出を推進する限り,日本企業もそれに対応していか ないとビジネスに参加できなくなる.
日本人の 2000年度の海外渡航状況は以下の通りである.
なおこの間,日本企業に対する要人誘拐やゲリラによる占拠なども増えている.以 下に,メディアに取り上げられた代表的な事件を示す.
世間を騒がし,企業の信用を失墜させた自動車メーカー(リコールにつながる欠陥 情報を隠蔽),食品メーカー,ハムメーカー ( 政府の BSE 対策用牛肉買取り事業に対 して,輸入牛肉を国産と偽って申請 ) ,商社(北方領土支援事業に絡む不正な設備受 注),フランチャイズストア(展開するドーナツチェーン店の肉まんに,非認可添加物 混入を知りながら販売),テーマパーク(工業用水が一部の水飲み器に使用されていた り,賞味期限切れ食品を使用),電力会社(原発のトラブル隠し)などの一連の不祥事 を未然に防止する意味では,リスクマネジメント以前の企業倫理の徹底が最重要課題と いえる.これらの大半は何らかの内部告発で明らかになったものである.
欧米では“タンジェントポリ”(イタリアで贈収賄を意味する)は,告発者保護制度 の代名詞になっているが,日本でも企業不祥事を防止する切り札として導入準備が進め られている.法制度整備には前向きだが,通報先を第三者機関とすることには抵抗が大 きいことは想像に難くない.
米国ダウ・ケミカルのように,社内での内部告発を奨励している経営最先端企業もあり , 日本でも一部グローバル企業は取り入れる機運にある.
リスクマネジメントは何も企業に限ったことではなく,たとえば生活に密着した食 材の分野でも同様である.野菜や水産物などの産地情報,品質情報が偽装されたりして , 消費者の厳しい批判や選別を受けており,今や産地での履歴保証というよりも生産者個 人との信頼関係にまで発展している.たとえば誰がどのような土壌で,どんな肥料を使 い,いつ収穫したかなどが消費者に明確に伝われば,消費者は食の安全・安心を手に入 れることになるのである.狂牛病の発生以来,生産者側にこのような危機管理が必要に なったのも必然といえよう.
事業を推進するには,さまざまな場面で迅速に意思決定をしなければならない.そ の意思決定の前提となるものが情報である.確かな情報から不確かな情報まで,そのレ ベルに応じた意思決定を確率論的に扱うのが常套である.すなわち,リスクを最小限に 抑える手法である.
ここでは以下にその概要を紹介するに留め,詳細は各専門書に譲ることにする。
これはサービスの窓口の数や配置の情報を与えるものであり,いかにお客様を待たせ ることなく迅速に処理できるかの指針を与えるものである.
たとえばスーパーの売り場レジの係員数や娯楽施設のゲートの数を,客数にあわせ て適宜増減させる目安になるものである.またオフィスに設置する自動販売機の数の決 定にも,この考え方が利用される.オフィスで働く従業員の人数に対して,クレームの 出ない設置台数は 1 台でよいのか 2 台が好ましいのかなど,待ち行列理論で平均何分 待たされるかという答えは得られる.ただし,その算出された数値からどのように意思 決定するかは,業務効率やコスト,優先順位度など総合的に判断する必要があり,ここ にリスクマネジメントの難しさがある.
競合的立場にいる 2 人以上のプレーヤーが,互いに自分の利益の最大化を図ろう とする行為を学問的に扱う場合,これをゲームと称して,行動を合理的に決める理論を “ゲームの理論”と呼んでいる.そして片方の利益がそのまま他方の損失になる(両者を 足し合わせると, ±ゼロとなる)ようなゲームを“ゼロサムゲーム”と呼んでいる.現 実の多数のコンペチターが競合するビジネスでは非ゼロサムになるが,ゼロサムゲーム は考え方の基本となるものである.
表 12.1 は,市場優位な立場にあるA社からみた二社の利得表,すなわちシェアを 示したものである.このように使用する戦略が功を奏すと,得られるシェアが何らかの 手段でわかっているとするのである.そうすると,たとえばA社が A1 の戦略を使い, B社が B1 の戦略を使ったときには,結果的にA社のシェアが 80% で,B社のシェ アは 20 %になることをB社が知ることになる.そうはさせじとB社が B3 の手に変 えてくると,今度はA社のシェアは 30% に落ちてしまう.
B社(100%-A社のシェア) | ||||
---|---|---|---|---|
B1の手 | B2の手 | B3の手 | ||
A 社 | A1の手 | 80% | 40% | 30% |
A2の手 | 70% | 60% | 50% | |
A3の手 | 30% | 20% | 90% |
たまらずA社は B3 に対して A3 の戦略に切り変える.A社に90% もシェアを取 られたのではたまらない.というようにゲームは進んでいくが,最後は A2 と B2 の 点に落ち着いて,A社のシェア 60% ,B社のシェア 40% で競争が落ち着くことに なる.
分りやすい比喩でたとえれば,以下のような野球の選手交代がイメージとしてわかり やすいであろう.
「同点で迎えた最終回,攻めているほうは得点したいし,守っているほうは零点で 抑えたい.得点圏に走者を置いてあるバッターに打順が廻ってきた.守り側の監督は, そのバッターに相性の悪いビッチャーを交代した.それをみて今度は,攻め側の監督が 左バッターを代打として起用してきた.これをみた守り側の監督は再びピッチャーの交 替を告げ,左には左をということで左腕のピッチャーに変える作戦にでた.攻め側の監 督はそのまま打たせることにし,試合は再開された.」
両軍とも,これまで対戦した膨大なデータや控え選手の数,そのときの選手の状態など を総合的に勘案して,“ほぼ互角の対決になるであろう”という見込みのところに落ち着 いたわけである.
次の 3 ケースを取り上げてみよう.
この場合はリスクのもとでの意思決定であり,おのおののリスクの確率が計算できる ので,最も確率の低いリスクを選択することになる.膨大な情報・データ分析からこの 確率の確度を高めることができる.
この場合は不確実性のもとでの意思決定であり,楽観論か悲観論のスタンスによる “期待値”をもとにリスクの程度を計算することになる.どちらかわからないときには, コインの裏表で決めたり五分五分の確率と判断するのに似ている.いくつかの段階を追 って計算する場合,悲観論を採用するなら,ミニマムの中でさらにミニマムを採るミニ マム・ミニマム方式,楽観論を採用するなら,マックスの中でさらにマックスを採るマ ックス・マックス方式(ただしこの場合は,現実にはリスクマネジメントにはならな い)であるが,一般的にはその中間的なミニマックス方式をとる場合が多い.
この場合は特殊事情のもとでの意思決定であり,小額でも確実に手に入れたい場合や,逆に宝くじや競輪・競馬のような一攫千金を夢見るような場合に特異な意思決定が生じる.
たとえば,将来の見通しが確率的にわかっている場合でも,人はまったく逆の意思決 定をする場合がある.たとえば, (a)60 万円を確実にもらえる場合と, 80 万円が 85% の確率でしかもらえない場合, (b)60 万円を確実に支払う場合と,80 万円を 15% の確率で支払わなくてもよい場合,たいていの人は,(a) では前者を選び, (b) では後者を選択する.
次のようなケースも,人は期待値だけでは意思決定しない例であろう.現金 100 万円と,当たる確率 50% の 200 万円の“くじ”のどちらを選択するであろうか.期 待値はいずれも 100 万円であるが,確実に 100 万円を手にできる現生に手を出す はずである.しかし当たった場合の 200 万円に期待する人もいないわけではない.当 たる金額が 300 万円の場合や,“くじ”の当たる確率が 75% では状況が変わってくる. 要求水準や置かれた立場,状況などによって判断は違ってくる.大切なことは,意思 決定は一度決定したらそれで終わりというわけではなく,状況の変化,情報の確保によ って決定し直すことが必要なのである.
なお上の例にあげた意思決定に関するやり方のほかにも,まださまざまな手法がある.有名なものに,決定に関係する多様な要素を階層構造によって把握し,各要素の項目を,二個づつ比較して重み付けする一対比較で進めていくAHP法( Analytic Hierarchy Process :階層分析法)がある.社会現象などの,複雑な問題解決のための意思決定にも威力を発揮するツールであり,個人レベルの意思決定から企業の長期計画,新製品開発計画,マーケティング,さらには自治体や国家レベルの意思決定にまで適用できるものである.もちろん大半はコンピュータ処理に依存することになる.
コンペチターに対して,不正な手段を使っての「権利侵害」がない限り,不法行為責 任を負うことはない.ビジネスの世界では熾烈な競争をしているわけであるから,相手 の分野や地域に乗り込んで,相手の経営状態を悪化させても問題はないはずである.た だ大店舗の進出や酒類販売の出店などの規制にみられるように,何らかの制約や保護措 置などで行動が縛られることもあり,このような状況を留意しておく必要がある.
また米国などにみられる,コンペチターの製品をバッシングするようなコマーシャル は,日本では違法である.したがって国内では,自社製品との比較で,さらによりよい ものをPRする,比較広告の形態をとることになる.もっとも,、コンペチターの類似 製品との比較広告の場合でも,相手から訴えられた際に比較内容が実証されれば違法性 はないが,このような比較広告の例はほとんどみられない.このようなケースでは,そ の業界が組織している工業会や団体の中の分科会などで,解決が図られるのが一般的で ある.お互い共通の市場の縮小を避けるための,リスク回避といえよう.
リスクマネジメントは企業存続の必須条件ということもあって,広範な分野におよん でいるが,本書ではその一端を紹介するに留めた.